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時を刻む

  • anamimamiko
  • 2月2日
  • 読了時間: 2分

植物のある暮らしを始めると、大きく変わるのは時間に対する感覚です。


正確に言うと、たとえ育てている植物がなくて無機質な部屋に住んでいても、道端の雑草や公園の木々、ビルの窓から見える街路樹など、植物のある暮らしは全員しているのですが。


もし植物を存分に味わってみる暮らしをするならば、季節は春夏秋冬の4つ(最近は夏と冬の2つだけ…とも言われます)から、無限になります。


冬に咲く花は少ないけど、それでもサザンカから始まり、最近はロウバイの香りが数メーター先から香り、これからツバキも咲くし、クリスマスローズ、水仙、スノードロップ、アイリス。


でも実は、季節を区切るのは花だけではなく、サザンカの散った花びらの重なり、日に照らされるツワブキの綿毛、くたびれたシュウメイギク、ロゼット状のたんぽぽの葉、木の膨らみつつある芽、踏んだ落ち葉の乾いた音、なども冬を物語ります。


こうして、季節は無限に区切られていきます。


種まきなど、少しタイミングを逃すと、芽を出してくれません。それほど、正確で精密な時を刻んでおり、もたもたしていると待ってくれない厳格さも感じます。


もっと驚くのは、自分では植物がないくらしをしていると思っている人にも、これらの無限の季節が訪れているだけではなく、大きな影響を受けていることかもしれません。


ロゼット状で冬を越すオオアレチノギク







 
 
 

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